ヴィーガンでいる訳
更新日:2018年7月3日
こんにちは。マウイ島で Zen Island Kitchen と Zen Island Farm を営む綾子です。
私がヴィーガンでいる理由を、少し書いてみようと思います。

ヴィーガンとは、一言で言えば、動物性の食品を口にしないということになるかもしれませんが、食品だけでなく他にも、革製品やウールは持たない、などなど、それは食生活上での選択にとどまらず、すべてのライフスタイルにつながってきます。
苦しんで、損なわれ、犠牲となって失われた命があるなら受け取らない、と私の中では定義できます。

きっかけは “Earthlings” というドキュメンタリー映画を観たことだったのですが、牛の
それ以来、人間のお肉を切り刻んで食したりしないのと同じ理由で牛も豚も鳥も魚のお肉も食べません。お母さんのおっぱいは赤ちゃんのものだ、と思うのと同じように、牛のミルクは子牛のためのものだ、と思うから飲みません。鶏は排卵するために身動きもとれないほど狭いケージに押し込まれ、過度なストレスや不衛生な環境で病気になっていまうから多量の抗生物質を投与されている。卵一つにこもった鶏の苦しみを思うから食べられません。
ペットの犬や猫は家族同様に愛おしい、傷つけたりしないし、病気になったら心配して獣医さんに診てもらって必死に看病する。なのに牛や豚が屠殺され、食肉加工されるのには無関心。それって人種差別と似てる、と思うのです。同じ無関心さ、があると。極端だと思われる方がいらっしゃるかもしれませんね。
でもね、自分の目の前で行われていない出来事はどこか遠いところで起こっている他人事、見ないでいた方が楽なことは避けるように、人間、特に私たち大人の脳って知らず知らずのうちにそう慣らされてしまっているのかもしれない、と時々思うのです。

脳に支配されないで、感じてみてください。昔、”アンネの日記”を読んで、ひどい!可哀想に!と素直に感じたあの頃の感覚を思い出してみて。引き裂かれる家族、恐怖に満ちた隠伏生活、牢獄、病、毒ガス集団殺害。そんな一生を強いられている何千万匹もの家畜たちのことを。その苦しみは、動物だって同じ。命の尊さは同じ。
命の尊さをありがたく思うから、大切にしたいと思うから、この美しい南の楽園、マウイ島でヴィーガンファームを始めることに決めたんです。幸せであること、それは命への愛と感謝、畏敬があってこそだと強く思うから。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ヴィーガン食の栄養バランス、に関してはまた別の機会に書いていこうと思っています。